ケン・リュウ『紙の動物園』を読んで
- SF
ケン・リュウ『紙の動物園』は,古沢嘉通編訳,2015年刊行の15篇を納めた日本オリジナル短篇集。 以下,印象に残った短編について感想を書いていく。
もののあはれ
主人公は日本人。 中国出身のアメリカ人作家と聞いていたので,まずそこで意表を突かれた。
そして,単に主人公が日本人なだけではなく,この作品は「日本的」なものを描くことをテーマとしている。 「人類の危機に際立つ日本的精神」の描き方は,小松左京を彷彿とさせる。
ただ,描かれる日本人の姿を「外国人から見たステレオタイプな日本人像」ではないかという印象を受けるのは,ケンリュウが外国人作家だと私が知っているからだろうか。
月へ
月人を用いたアナロジーが強烈だった。 このアナロジーがなければ,文朝の終盤の言葉にあれほどの説得力は生まれなかったと思う。
結縄
訳者あとがきでも触れられているが,物語のベースになっているSF的アイデアがすごく面白い。 それだけでなく,そのSF的技術の「権利」をめぐる現代的問題にも巧妙に切り込んでいる。
心智五行
ザ・SF短編という感じで良い。 「心」について,よくある人間機械論的なアプローチとは一味違うアプローチが試みられている。
円弧・波
「不死の技術」自体は SF やファンタジーではそれほど珍しくないが,「不死を選択するかどうか」に焦点を当てた SF は以外に少ない気がする。 ファンタジーでは,「不死を選択するかどうか」迫られて肯定的に不死を選ぶ主人公はまずいないように思うが(偏見だろうか),SFでは違う。 その葛藤を描くにあたって「波」の設定はうまいなと思った。
1ビットのエラー
私自身が宗教を信じたことがないからだろうか,信仰をテーマにした SF はあまりピンとこない。 ただ,以下に引用するプログラマーの仕事の表現や,タイトルに表れているアイデアは面白いと思った。
プログラマーの仕事の多くは——タイラーは読んだ——変数と値のあいだの間接参照の階層をつなぐ網の目状のリンクを解きほぐすことで成り立っている
愛のアルゴリズム
テーマは「チューリングテスト&中国語の部屋」と「人間機械論」の組み合わせ。 ハッとさせられたのは次の一節。
人はつねにそのときの技術的な流行に心を関連させるんだ。魔女や精霊を信じていた時代は,脳の中にこびとがいると考えられていた。自動織機と自動ピアノができた時代には,脳がエンジンだと考えられていた。電報と電話ができた時代には,脳は電線網だと考えられていた。現代は脳は単なるコンピュータだと考えられている。
あと個人的に次の表現がツボだった。
なんと単純なアルゴリズムだろう。じつに人間的だ。
良い狩りを
終盤の展開は意外すぎて笑ってしまった。